画家 綿引明浩 連載エッセイ no.2

02.jpg雲を食べる巨人
1992 版画 24.0×28.5cm


 遠い昔の遠い国、町の外れの丘の上にひとりの巨人が暮らしていました。見えるものでどんなものより大きくなりたいと思っていた巨人は、とにかく何でも食べ続けました。高くそびえる大きな岩山、果てしなく広がる青い海、何でも平らげて、見る見る間にどんどん大きくなっていきました。ある日、手にする全てを食べ尽くしてしまった巨人は、空に浮かぶ雲を見つめてこう考えました。「あの雲を食べれば、空よりも大きくなれる......」それから夢中で雲を食べる姿を最後に、誰も巨人を見た人はありませんでした。

 時にあまりに大きな希望や好奇心が、自分の器を大きくはみ出してしまう事があります。その結果、思いも掛けない新しい何かが生まれ、揚々と前進する時もあれば、その何かに飲み込まれ自分を見失いそうになる時もあるでしょう。この作品を制作した90年代前半、バブルが弾けて日本の経済が長いトンネルに入ろうとしている時でした。そして現在、再び難しい局面を迎え、新しい価値観への転換が必要な時代になりつつあります。

 江戸時代、活気ある経済と共に庶民文化が栄えましたが、後には大変な飢饉も起こり、激しい変化が生まれました。芸術文化はその時々の世相や、それを取り巻く人々の姿を写し出す鏡であったと思います。そんな時代に生まれた浮世絵がそうであった様に、今を生きる僕にとっても、時代(浮世)を敏感に感じて、その中から作品のエッセンスを僕なりの解釈で抽出しながら制作を行っています。

 雲を食べる巨人は雲を食べ続けたせいで、存在事体が透明な空気のようになり、人々の目からは見えなくなってしまうのですが、それは彼にとって良い事なのか悪い事なのか僕には分かりません。恐らくは時間が経って、新たな巨人が現われた時に分かる事なのかもしれません。

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*このエッセイは2009年5月から2010年3月まで、アルトマーク社『クレデンシャル』誌に掲載されたものです。

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