画家 綿引明浩 連載エッセイ no.6

06.jpgワンダーコレクション ACT1
2008 銅版・インタリオ 40.0×36.0cm


 冷たく澄んだ秋の空気が気持ちの良いある日、知人のお宅へ食事会に招かれた。その席では、いつも美味しい食事とワインが待っていて、数人での楽しいおしゃべりに花が咲く。

 風が心地よい夜のテラスで、グラスを片手に話しをしていると、植え込みから秋の虫達が鳴き始めた。その音色に耳を傾けながら、穏やかな秋の気配を楽しんでいたら、フランス人で、もう十何年も日本で暮らすゲストのひとりがこんな話しをした。フランスから日本へ来たばかりの頃、向こうであまり聞かなかった夏に鳴く蝉の声に、とても驚いたそうだ。今ではその声を聞けば、「あぁ、暑い夏がやって来たんだな」と思うようになったが、一般的にフランスでは、虫の声の印象は「ノイズ」で、日本人が思うような季節のうつろいを感じる事はなく、情緒的には受け取らないそうである。日本人の僕には季節を感じる音が他の国では全く違うというごく当たり前の文化の違いを、改めて知った夜になった。

 ヨーロッパの古いお宅へ伺うと、額縁に入った絵画や写真が、壁一面に沢山飾られた部屋を目にする事が多い。その様子を初めて見た時、僕は何故こんなに隙間なく壁を埋めるのか正直分からなかった。床の間にある掛け軸、そこに生けられた季節の花などといった静かで日本的な「間」とは、全く別の見せ方である。しかし、それぞれの国の風土や考え方に触れるうちに、その違いを楽しむ事を知るようになった。

 今回の作品「ワンダーコレクション」も、床はチェス盤のようで、アーチ型にくり抜かれた壁には、大小の作品が所狭しと掛けられている。この部屋の持ち主は、中央でキャンバスを持つ青い帽子の彼。人々は彼を「さまよえる画人」と呼ぶ。この部屋の中で、彼は名画の中を巡り歩くというイメージの世界で遊ぶのだ。そして、そこにある魔法の魅力を解きあかすべく、様々な角度から眺めてみる。名画達は美しいバイオリンの音のように、静かに心を揺さぶる時があれば、耳を塞ぐ程に感情的で激しい時もあるだろう。「さまよえる画人」は、そんな多様な感覚やイメージを、ゆったりと、そして大らかに鑑賞する。

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*このエッセイは2009年5月から2010年3月まで、アルトマーク社『クレデンシャル』誌に掲載されたものです。

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