画家 綿引明浩 連載エッセイ no.5

05.jpg仲なおりの傘
1993 銅版・インタリオ 18.0×16.5cm


 井上陽水さんの有名な曲「傘がない」。僕が中学生だった頃に流行し、今聞いても色褪せない名曲のひとつでしょう。冒頭、当時の世相を反映した重い内容で始まり、突然、それは歌詞の語り部である、ごく普通の若者のプライベートな内容に遮られ、その違いに聞き手は強い印象を受けます。

 一体何を考え、この今をどの様に行動すればいいんだろう? 迷いながらも淡々と進む現実に身をゆだねている感覚、その独特のけだるい雰囲気が、当時中学生だった自分に迫って来る感じがありました。世の中で起こっている事なんて別にどうでもいい、若者特有の投げやりな気持ちと無関心さは、物事に対する理解の未熟さと言えるでしょう。若者は、その若さ故に方向を見失い、片寄りながらも、次第に大人へと成長していくものですが、こうした時代、あるいは世代の空気を、とても上手に表現していると思います。

 今回の作品「仲直りの傘」は、これとは違い、若い二人を大きな傘がしっかりとささえています。どしゃぶりの雨の中で、恋人達が相合い傘をする甘い場面......と言ってしまうとそれまでなので、この絵の意味を紹介します。
 恋人達の周囲には、これから二人に起こるであろう様々な出来事が、まるで大粒の雨の様にどんどん降り注いでいます。大きな傘に入った二人は、互いを守り、しっかりと体を寄せあって助け合います。この大粒の雨、つまり困難に対する忍耐や協力こそが、二人の愛を深めていく大切な要素になっています。

 最後に傘にまつわる話をもうひとつ。スペイン語で「傘」のことを「paraqua」と書きますが、これは「para=止める」と「aqua=水」が合わさって、水を止める、つまり雨から身を守ると言う意味です。ちなみに夏の海岸で日除けに使うパラソル、これも「para=止める」と「sol=太陽」がひとつになった言葉で、太陽を止めて、強い日ざしから身を守ると言う事になります。この「パラソル」という言葉、すっかり外来語として日本に定着した感じがありますが、こうして音だけではなく、成り立ちを知ると、その言葉は増々生き生きとしてきます。ちなみに漢字で書く「傘」、4人の人達をしっかりと守る、まさしく大きな「傘」の形に見えてくる様で、こちらも雨の日が少し楽しくなりそうですね。

wa-sign.jpg


*このエッセイは2009年5月から2010年3月まで、アルトマーク社『クレデンシャル』誌に掲載されたものです。

| コメント(0) | トラックバック(0)

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://uboat-data.com/movable_type/mt-tb.cgi/350

コメントする