画家 綿引明浩 連載エッセイ no.10

10.jpgアップルガーデン
2009 アクリル・キャンバス F50号 (91.0×116.5cm)

 イタリアに滞在中、レオナルド・ダ・ヴィンチの有名な作品『最後の晩餐』を見るため、北の大都市ミラノへ出かけた。
 まだ朝靄に包まれた駅に到着してから、まずは市内観光をと、大聖堂やオペラ座など、お決まりのコースへ向かう。古い街並をあちこち歩いていると、時間はあっと言う間に過ぎるものだ。まだランチを食べるには少し早かったが、友人が教えてくれたミラノでも評判の店へ急いだ。まだお客もまばらだったので、ゆっくりと席に座れた。友人のアドバイスに従い、さっそくピザとワインを注文する。しばらくすると大きな皿からはみ出す程の、焼き立てのマルゲリータが運ばれて来た。薄いピザ生地には白いチーズと赤いトマトがたっぷりとのっていて、何とも美味しそう。期待通りの味で、たちまち平らげてしまった。そうこうしていると、ちょうど昼休みに入ったのだろう。多くのビジネスマン達がどっと押し寄せて来て、店内はたちまち満席になった。普段は耳に心地よいおしゃべりも、さすがにこれだけの人数になるとちょっとうるさい。さっさとエスプレッソコーヒーを流し込んで店を出た。

 『最後の晩餐』は、ミラノ市内のサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院の、かつては食堂だった大広間にある。レオナルドは一般的な壁画に用いるフレスコ画で描かなかったので、彼の生存中には既に破損が生じたそうで、この作品は永年にわたって修復されていた事でも有名である。

 おそらくは訪れた時間帯のせいだったろう、絵の周囲には観光客もまばらで、辺りは静寂を保っていた。まだ修復が完了する前だったので、絵の全体を見る事は叶わなかったが、薄暗い明かりの下、注意深く目を凝らしながら作品と対面した時の感動は今も忘れる事が出来ない。

 今回の『アップルガーデン』は、この『最後の晩餐』のオマージュとも言える作品だ。
悲劇的な最後を前にした「晩餐」と対比させ、ここでは牧歌的で楽しい「宴」の場面を描いた。明るい中庭には、裏切りも疑心も無い。

 ところで、僕は毎日の食事をとても楽しみにしている。メニューを何にしようとあれこれ考えたり、夫婦で相談してみたりするのも良い。こうして「食べる」という基本的な営みを、煩わしく無くイメージする事は、作品を制作をする上でも役立っていると思うのだが...。さてさて、今夜は何を食べようかな。

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*このエッセイは2009年5月から2010年3月まで、アルトマーク社『クレデンシャル』誌に掲載されたものです。

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