画家 綿引明浩 連載エッセイ no.3

03.jpg告白の塔
2000 クリアグラフ 23.0×18.0cm


 男の子によくある事ですが、僕は自分が通う幼稚園の先生に淡い恋心を抱きました。
 特別に美人という訳では無く、笑顔がとても明るく印象的でした。先生が微笑むと、もともと柔らかな目元が増々細く、まるで綺麗な三日月が横に二つ並んで、僕だけに優しく語りかけてくる気がしました。そして、胸の奥の方にある風船が指でキュッと押されて、ほんの少し息苦しくなるような不思議な感覚を覚えたのです。僕はその気持ちを自分で理解出来ないまま、でもどうしても何かを伝えたくて、先生に話しかけようとしましたが、幼い表現力ではどうにも出来ず、もちろん知っている言葉も少なくて、だけど恥ずかしさだけは一人前で、先生を目の前にすると顔を赤くするばかり。こうして何も言えないまま、日々が過ぎて行きました。

 そして迎えた卒園の季節、このまま先生に思いを伝えずに、さよならは出来ないと思い立ち、精一杯の勇気で気持ちを打ち明けた相手は、何と自分の母親でした。

「僕の先生の目って、バナナみたいで可愛いよね......」

 母はにっこり笑って、その話しを伝えてくれたので、それを聞いた先生は、小さな僕に飛び切りの美味しい笑顔をくれました。

 今回の作品「告白の塔」は、なかなか彼女に思いを告げられない男性と、彼からの愛の言葉を待つ女性が主人公です。
 とても優しく真面目な彼は、彼女を深く愛していますが、その真面目さ故に、何もしゃべらず黙り込んでしまう事が多いのでした。

 彼からのプロポーズの言葉を待つ彼女は、祈りを捧げれば恋が成就すると評判の教会へ彼を連れ出します。しかし、いくら待っても彼から言葉が出て来る様子はありません。がっかりした彼女は、教会の塔の上から空を覆ってしまう程、大きなため息をつきました。

 大人へと成長する課程の中で、僕は自分の表現方法に出会い、今こうして美術に携わる仕事をしています。あの時、自分で思いを告げられなかった僕の幼い初恋は、まるで何度洗濯してもスッキリとは落ちない、お気に入りの服に付いたケチャップの染みのように、今でも心のどこかに残っていて、時々僕にヒソヒソと話しをはじめるのです。

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*このエッセイは2009年5月から2010年3月まで、アルトマーク社『クレデンシャル』誌に掲載されたものです。

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