画家 綿引明浩 連載エッセイ no.9

09.jpgビューティフル・ライフ
2000 クリアグラフ・カラージェッソ 22.5×15.0cm

 今年、父親は81 歳になる。腰が痛いの足がつったの、グチる事が少し多くなったものの、実に元気だ。実家で一緒に食事をした際に、もし戦争があと1 年長引けば、自分は特攻隊に入って、太平洋で命を落としていたかもしれないと話す事があった。そんな思いからだろうか、常に新しい事にチャレンジし、ひとときの時間も無駄にしない感じだ。
 そんな父親は一年前からパソコン教室に通い、更に電車で2 時間かけて、東京で書道も習い始めた。僕から見れば充分に達筆なのだが、本人はやる気満々。

 家の畑で野菜づくり、庭の植木の手入れ、はたまた町内会長として地域をまとめ、夜は自警団のパトロール......。いつも外で何かをしているから、たまに実家に電話をしてもコール音が響くばかりだ。

 昔から仕事仕事で、その上頑固を絵に描いた様な人だから、子供の頃の僕にとって、相当に取っ付きにくくて苦手な父親だった。しかし、自分も年を経るにつれ、そんな父親の生き方がだんだん好きになっている。老後はゆっくりと、なんて考えず自分が出来る精一杯の役割を果たそうとする姿は、見ていて清々しい。

 今回の作品『ビューティフル・ライフ』は、新しく生まれた生命の象徴である双葉と、それをしっかりと支える二人の人物が描かれている。二人はこれから成長する命が、美しく幸福に満ちたものになる事を祈っている。その成長の過程では、何かハッキリとした痕跡を残す事はそれほど重要では無い。流れる時の中、少しずつ積み重ねられていく記憶の層が、しっかりと次へと重なって、柔軟でありながら力強い地盤が出来ていく。
そんな風に時代を繋げたら、それは美しく素晴らしいものになるだろう。

 昨年末、この父親からダンボールの箱が届いた。畑で採ったばかりの、虫食いだらけだが飛び切り新鮮な野菜が、隙き間無く几帳面に詰まっていた。さっそくお礼の電話を入れる。電話口でさんざん待って、ようやく出たと思ったら「ああ、届いたか」と言うだけの短い返事。さっさと切られてしまった。多分、電話の向こうで、相変わらず忙しくしているのだろう。

 しかし思えば、畑仕事も子育てもしながら、このガンコな父親に永年連れ添ったきた母
親こそ、実は凄いのかもしれない。

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*このエッセイは2009年5月から2010年3月まで、アルトマーク社『クレデンシャル』誌に掲載されたものです。

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