画家 綿引明浩 連載エッセイ no.4

04.jpgメルヘン
1995 銅版・インタリオ 35.5×45.0cm


 展覧会中、僕はクリアグラフを用いて、しばしば絵画のワークショップを開催しています。大人の方から小さなお子さんまで、幅広い年齢の人達に、絵画を体験的に楽しんでもらう目的です。こうしたワークショップを通して、これまでに見えて来た事がありました。

 大半の大人は、じっくりと絵のイメージを考え、順序立てて描くのに対して、子供は、行為自体を感覚的に捉えて一気に進めるので、たいてい大人の約半分の時間で作品を完成させます。それは、気持ちと指先がピンと張った糸で繋がっていて、そこから瞬時にイメージが伝わり、どんどんと手を動かしているといった感じです。その姿に、描く事の本質的な一面がある気がして、素直に驚かされ、感心させられます。

 この様な直感的な感性を持つ子供達へ、大人である我々は、言葉であれ絵画であれ、どんなメッセージをどの様に伝えていく事が出来るでしょうか。

 昔から脈々と語り継がれてきた「おとぎ話」、それはこの問いに対するひとつの答えではないだろうかと思います。
 ストーリーには沢山の暗示や教訓が、モザイクの様に織り込まれ、読む側も聞く側も、互いの想像によってイメージは大きく広がります。もちろん、全てがハッピーエンドではなく、あまりに残酷な結末を迎えるものも少なくありません。しかし、読み終わる頃には、その中にある一番大切なメッセージが、美しい和音の様にそれぞれの心に響いているものです。そう考えると、長い歴史の中でゆっくりと成熟した「おとぎ話」は、とても良く完成された、メッセージの伝達方法なのではないでしょうか。

 今回の作品「メルヘン」は、そんな「おとぎ話」への僕なりのオマージュとも言える銅版画の作品です。穏やかな湖に浮かぶ舟の上、母親は幼い子どもが大人になるまでに伝えたい、大切な思いを込めたお話を、ゆっくりと丁寧に聞かせています。青い空には、その子供の豊かなイメージが、様々な形となって輝き出します。

 銅版画は、15世紀後半のヨーロッパから現在に至るまで、ほとんど変らない技法で制作されています。きっと「おとぎ話」も、時間と言う長い道のりを、ゆっくりと歩き続けているのでしょう。

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*このエッセイは2009年5月から2010年3月まで、アルトマーク社『クレデンシャル』誌に掲載されたものです。

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